昭和30年代から40年代にかけて新発田の中心街には各町内に食堂が必ずあった。
主に町中華であったがそれぞれの個性と技術でしのぎを削っていた。
岩村精肉店(マルコ岩村の前身)はそんなお客様をベースに生業を立てていた。
主に豚肉、鶏肉・・・もともと牛肉は新発田ではあまり一般的ではなく大善寺小路(現在の中央町)
で鶏の処理業をやっていたことから「鶏の岩村」として認知されていた。それを注文をいただければ
100gから配送していた。機動力は主に徒歩か自転車・・・数年後に配送用にホンダスーパーカブが登場する。
一方町中華のほかに新発田には数多くの割烹料亭が存在した。それも今は数件を残すのみとなった。
一首 第六波寒波値上がり迫りくる負けず劣らぬ年波寄せる 志ん笑