昭和30年代から40年代にかけて弊社の新潟ポートリー(事)の前身岩村精肉店は
今の中央町・・・つまり新発田市内の街中のど真ん中で鶏の処理(と殺)を営業していた。
新発田の街中には(今もあるが)新発田川が流れていて江戸時代には物流の手段として使われていたらしい。
その川に処理後の血液や油など流していた。今では考えられない所業である。
もっともその流域には味噌や、漬物や、染物屋などが塩や染粉など流していた。
いままの新発田川の歴史で最も汚染されていた時代である。
ある団体がそこに錦鯉の稚魚を放流したことがある。当然数日のうちに死滅したのである。
現在は流域の業者はほとんどが郊外に出てきちんとした排水管理で今の新発田川には小魚やザリガニが生息している。
一句 夏草も疲れはてしか地に臥せり 志ん笑