昭和50年代新発田川を浄化する運動に新発田青年会議所(JC)が動いた。
メンバーの中には新発田川に油分や塩分を流している会社のオーナーもいたのだが
とりあえず浄化運動を推進するために錦鯉の稚魚を放流した。稚魚たちはにべもなく短期間で死滅した。
運動を3年ほど繰り返したころあるメンバーから錦鯉をみすみす死出のために放すよりそれ以前に
水をきれいにする運動が先ではないか。JCはその基本に立ち返り錦鯉の放流は一旦停止。
今現在は流域の会社は郊外に移転して川水は現在はザリガニや魚が生息するほど浄化されている。
一首 古稀過ぎて傘寿を目指す年となり難聴頻尿さびしき頭頂 志ん笑